全国カヤネズミ・ネットワーク

陸ガニ（ベンケイガニ）

かつて全国で、海岸部の埋め立てや道路工事、森林整備などにより、貴重な動植物の消滅や生息環境の改変が行われてきました。特に、越冬場所と繁殖場所を分けている渡り鳥や普段の生活場所と繁殖場所を分けているアカガエル類などのように、生活史の中で複数の場所を必要とする動物は、どこか一つの生活場所が消失しても致命的であるため、絶滅が危惧されています。 同様に、大阪湾においても大規模な埋め立てが行われ、自然海岸はほとんど残っておらず、7月下旬～9月中旬の大潮の日に繁殖場所である海岸と巣穴がある海岸林などを行き来する習性を持つ陸ガニヘの影響が懸念されています。特に、陸ガニの中でもアカテガニChiromantes haematocheirは、乾燥に強く陸での生活に適応しており、敵に襲われて木に登る様子や果実や植物、陸に棲む小動物などを食べる様子が観察されるなど、海や川に棲むカニとは異なる特殊な生態を持っています。

調査対象地であるせんなん里海公園（大阪府岬町）は、1996年の海岸埋め立て後に建設された府営公園であり、かつて自然海岸が保たれていた頃には、数多くの陸ガニが生息していました。しかし、海岸埋め立て後に整備された公園施設や園路などによって海と海岸林が分断されたことにより、母ガニは海への移動が難しくなり、稚ガニは海岸林まで戻ってくることが難しくなってしまい、年々その数を減らしています。また、陸ガニは公園の周辺の住宅地内でも昔より確認され、地元住民の方々にとっても、馴染みの深い生き物になっています。

そんな陸ガニを対象に、私の研究室では2002年より生息状況を断続的に調査しています。私の前に研究されていた2人の先輩方によって、園内の海岸林では陸ガニの数が減少しただけでなく、巣穴や出現場所も限定的になっていることなどが確認されました。そこで、2013年3月に海岸林と海の間の移動経路や生息の場を確保することを目的としたエコロード「カニの道」が新たに整備されました。カニのためのエコロードは、沖縄県にオカガニのためのエコロードがあるものの殆ど事例が見られず、とても珍しい事例です。


カニの道

実は、このカニの道の整備は、最初に研究を始めた先輩が卒論の中で提案されていたものでした。10年前は、生物のためにエコロードをつくるという提案をしてもとりあってもらえず、資金提供してもらうことは難しい状況でしたが、地元の自然保護団体などの方々の長年の働きがあったのと、時代が変わってきたこともあって、10年の時を超えて念願のカニの道が完成しました。私は、そんな沢山の人の希望が詰まって完成したカニの道について、陸ガニによる利用状況の変化やカニの道の中への陸ガニの移動状況などを調べることで、カニの道の改善方法などを提案しています。

カニの道の延長は約190mであり、園路に沿ってつくられ、ロードキルや熱いコンクリートの上を歩くことを避けるために、園路を横断する場所は、陸ガニが園路下を通れるように整備されています。また、山側とエコロード中央部の2ヶ所には、湿り気を与えるための手押しポンプが設置されています。他にもエコロードには、雨が降った時に水が溜まりやすい構造や、棲みかや避難場所となる可能性がある空隙がある石組み、水が乾いたり石が熱くならないように、陰をつくるために植栽された樹木や地被類などの工夫が施されています。

実際にカニの道がもたらした効果としては、カニの道整備後3年経ち、カニの道を利用する陸ガニの数が年々増えてきました。また、整備当初は繁殖時の移動用経路として一次的な利用のみを想定していたのですが、陸ガニが自分で掘った巣穴が確認されており、繁殖期ではない時期においても陸ガニが確認されるなど、生息場所としての効果も明らかになりました。昨年度は、カニの道の中でも海に近い部分に複数の巣穴が確認されており、棲みかと放仔場所である海までの距離が短くなることで、放仔個体数増加の効果が期待されます。


抱卵個体

調査を進める中で、私たちの想像以上に陸ガニの環境適応能力が高く、石組みの空隙をさらに深く掘って複数匹が棲めるような環境につくり替えるなど、自分たちでカニの道をより良い環境につくり替えていく様子を見ると、生き物の強さにいつも驚かされます。他の生き物についても、私たち人間が今の悪い環境を少しでも改善してあげることで、それがきっかけになり、生き物たち自身で新たな環境をつくり出し適応し、絶滅の危機から脱してくれればいいなと思います。

岡野　綾香（おかの・あやか、大阪府立大学大学院生）